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のだめ17巻、どう読みました?

「のだめカンタービレ」17巻は、いろんな読み方ができそうな感じですね。既にコメントもいろいろ書き込まれていますが、いくつかにポイントを絞って、いろんな方の解釈を聞いてみたいなと思います。

ざっと、こんなところかな……。

(1)オクレール先生が、のだめにコンクールはダメと言った理由は?

(2)シュトレーゼマンとデプリーストが、弾き振りの「バッハ ピアノ協奏曲第1番」を演目に選んだのはなぜ?

(3)千秋パパが、のだめのすれ違ったときに「気持ち悪いな」と言ったのはどうして?

(4)雅之のコンサートに言ったことを話すのだめのセリフ「でも……なんか悲しかったです。ピアノだけなのかって」というセリフは、どういう意味なんでしょう?

(5)真一と雅之はどうなの? 、ここからどーなる?

(6)ターニャと黒木くんに進展は?

(7)のだめと千秋の間に割り込むユンロンは!?


後ろの2つはまあオマケですが、よろしかったらなんかコメントください。何が正解、不正解ということもないと思いますし、いろんな読み方で楽しめればと思います。

私の解釈はこんな感じかな。


(1)コンクールは一定の枠の中で奏者を評価するもので、のだめのピアノは、まだそこに当てはめて評価をするのは早い。

千秋から見てどうとか、コンクールの中でどうとか、そういった他者の目を通しての評価としてでなく、のだめの中の絶対的な「自分のピアノ」が固まるまでは、コンクールに出したくない。「自分のピアノ」作りの一環がブノア家でのリサイタルであり、今やっている課題の中でいろんな音楽を弾きこなすことなんじゃないかなと。


(2)弾き振りがシュトレーゼマン&デプリーストの指示だったことを、コメントでうーさんに教えていただくまで忘れてましたが……。これは父へのコンプレックスを克服させるため、なんじゃないかと思いました。ニナ・ルッツ音楽祭のことで初めて「クラシックライフ」に載ったときにも「千秋雅之の息子」と書かれたし、今後もヨーロッパで活動すれば、父を引き合いに出されないわけにはいかない。で、分かりやすくピアノを弾かせることで、嫌でも書かれてしまう状態を作り出し、千秋にコンプレックスを振り切らせたい、というような意図があったんじゃないかと思います。のだめがずるいとか思ったのは、ちょっとしたオマケ。


(3)雅之は、千秋の失敗に内心がっかりした面もあり、ニナに無理矢理連れてこられて千秋の失敗を見たことに、かなりモヤモヤしたものがあったはず。会っていけばというニナの言葉も聞かず、帰ろうとしているところにのだめが飛び出してきて、互いに沈黙のあと、口の悪い雅之が吐き出してしまったのが「気持ち悪いな」と。

雅之はのだめのことを知らなかったはずで、千秋のファンがはしゃいでる、ぐらいの誤解をしていたのかもしれません。


(4)これは、いくつか考えられて迷います。ひとつは、千秋はいつもオーケストラを率いてステージに上がるのに、雅之はピアノだけでぽつんと演奏していて寂しい(悲しい)、というもの。でも、それはごく表層で、「切迫感」と評されたような若さゆえの荒々しさを捨てて、余裕を持ってどっしりと向き合えるのはピアノだけか(息子にはどうなの?)、みたいな感じなのかなと思いました。


(5)考えてみると、千秋はピアニストを父に持ちながら、小さい頃にはヴァイオリンの方が得意だったんですよね。このあたり、もしかしたら深~い伏線があるのかもと思ったり思わなかったり。

ヴァイオリンやピアノとか、ひとつの楽器には収まりきれないとヴィエラ先生が見抜いた千秋の表現力を雅之も見抜いていて、才能に嫉妬したことが、小さい頃の親子関係に影響を及ぼしていたのかも? この2人が和解する条件というのが想像つかないのですが、互いの仕事を認め合う、ということなしに和解はなさそうな気がするし、それはどうやると成立するのか、ちょっと謎です。

(6)のだめと千秋以上に時間をかけてじりじり何とかなっていくんじゃないかと思います。

(7)わかんね。

  • 2007-02-15 (木)